yumulog

北海道の大学教員/情報科学研究者の日記

祝1,000,000アクセス

f:id:yumu19:20210905113113p:plain

アクセス解析の類は普段全く見ないのですが、はてなブログダッシュボードにあるアクセス解析を数年ぶりにふと見てみたら、ちょうど1,000,000アクセス突破してました。アクセスログから計算してみると8月31日に達成してたようです。

2004年にlivedoor blogを立ち上げ、その後、2010年はてなダイアリー移行、2013年はてなブログ移行しました。17年ごしですね。

アクセス数が移行前の数字を引き継いでいるかどうかちゃんと覚えていないのですが。livedoor blogからの移行時には、はてなダイアリー側でのインポート時にアクセス数の初期値を設定したような気がします。はてなダイアリーからの移行時には、さすがに引き継がれているのではないかと思います。

Google Analyticsも設定しているので、それもものすごく久しぶりに見てみました。はてなブログ移行後の分のみですが、記事別のアクセス数ランキングがわかります。

f:id:yumu19:20210905122118p:plain

「押ささる」の記事がめっちゃアクセスあるのは前から知っていたのですが、アクセスの1割以上がこの記事なんですね。

はてなブックマーク数が多いなどバズった記事は他にあるのですが、全くバズっていないこの記事がアクセス数トップということで、バズるのとアクセス数は長期的には相関ないのがよくわかりますね。

よいイベントを開催するとはどういうことか?

f:id:yumu19:20210905092847j:plain

はじめに

このエントリーでのイベントとは、1〜10人程度の有志で企画運営し、10〜100人程度が参加するくらいの規模のものを想定しています。いわゆるコミュニティイベント等です。ですので、商業イベントやもっと大規模なイベントとは少し違うかもしれません。

私はいままで、NASA SpaceApps Challenge、ニコニコ学会β、 品モノラボ、おうちハック発表会、NT札幌といったさまざまな形式の有志イベントの運営に携わってきました。イベント運営において何が大事であるか考えたり、人に聞かれることもあるのですが、改めて考えると難しい問いだなと思っています。

良いイベントとは?

良いイベントにするということは、「悪いイベントと感じる要素を全部取り除く」ということかなと思います。ただ言い換えただけで何も言ってないように見えるかもしれませんが、もう少し噛み砕くと、参加者や関係者が「よいイベントだったなぁ」と思うための必要条件*1は、「悪いイベントだったなぁ」と思う要素が無いということだと思います。

イベントの印象というのは、加点方式ではなくて最低点数方式で決まると思います。例えば、イベントの評価項目が10個あって各10点満点だったとします。9項目では10点だったけど1つの項目が2点だったとすると、そのイベントの評価は100点満点で92点ではなくて20点ぐらいになると思います。これはものすごく単純化したたとえですが、悪い印象の出来事があると、いくらその他の印象が良くても全体の印象が悪い印象に引きずられるということは覚えがあるのではないかと思います。*2

悪い印象というのは、その人が思う最低ラインのクオリティを満たしてないということです。この最低ラインは人によって違います。例えば、

  • 申し込みタイミングの違いで他の人より100円多く支払った
  • 視聴URLの通知がイベント開始1分前だった
  • 開始時間が5分遅れた
  • 会場が暑すぎた
  • パネルディスカッションのマイク本数が登壇人数より少なかった
  • 懇親会の料理がしょぼかった

といったような出来事があったとします。それぞれ、それが起こった時にどう思うか想像してみてください。おそらく、許容できるやつもあれば、許容できないやつもあるでしょう。どういう出来事が起こると参加者・関係者が悪い印象を受けるかは、人によってそれぞれです。

イベント運営は、校庭の小石拾いのようなものだと思っています。校庭に小石がいっぱい落ちていたとして、その全てを取り除くのは無理ですが、それでも人がなるべくつまずかないように、一個でも多くの小石を取り除くことが良いイベントづくりかなと思います。また、id:fromdusktildawn さんは鎖のたとえを用いて説明しており、まさしくその通りだと思います。このツイートがこのエントリを書くきっかけになりました。

誰のためのイベント?

なるべく多くの小石を取り除くというのは、「誰も取り残さない」というコンセプトに近い側面もあります。ただし、有志のイベント運営における「誰も」というのは、イベントの趣旨に賛同してくれて、イベントに協力的な姿勢を取ってくれる人という条件が付きます。イベントは人の集まりであり、人が集まると揉め事が起こる可能性があります。参加者が増えたりイベントの回数を重ねていくにつれ、揉め事の可能性も上がります。揉め事が起こるとイベントの印象は悪くなりますが、この際それは些細なことで、参加者が嫌な思いをすることは運営にとってとても辛いことです。ですので、ある程度の規模と開催数のイベントとなると、揉め事が起こらないようなポリシーを設定し、参加者はそれに賛同するという条件が必要となります。接客業においてクレーマーはお客様ではないというのと同様かと思います。

Code of Conduct (行動規範, CoC) と称してポリシーを明文化するイベントも増えてきました。これはとてもよいことです。ただし、CoCを厳密に運用するとすると、CoC違反かどうかというジャッジメントが必要になりますが、有志イベントでジャッジメントをきちんと運用する体制を構築することはハードルが高いです。CoCがあるということ自体が何らかの抑止力となる効果もあり、CoCは無いよりもあった方がよいです。ただし、CoCは銀の弾丸ではないということも覚えておいて欲しいです。

ベストエフォート

有志イベント運営は基本的にはベストエフォートになります。できる限り頑張るということですね。有志イベントなのでこのスタンスでいいのですが、最低限のラインを満たせないことの言い訳としてなんでもかんでもベストエフォートのせいにはしないでほしいなと思います。さきほど、イベント運営は校庭にある小石を取り除くことというたとえを出しましたが、まずは事故に繋がりそうな大きな石を取り除くことが優先です。その上で、校庭に無限にある小石を全部取り除くのは不可能だけど、それでも時間がある限り小石を取り除き続けるということがベストエフォートというかなと思います 。

おわりに

このエントリでは、イベント開催において土台となる運営(オペレーション)の部分について主に触れました。イベントの価値向上には、それに加えて魅力的な企画(コンテンツ)が重要です。ただし、イベント開催の準備において、企画が先走ってしまい運営がないがしろになってしまうことが往々にしてあるような気がします。もちろん企画はとても大事なものですが、その土台を支える運営も同等以上に大事だよ、というお話でした。

*1:十分条件ではありません

*2:この現象に心理学的な用語がありそうな気もしますが、あまり詳しくなく調べてないので知りません

社会人博士課程に入学したら研究時間を確保できるのか?

f:id:yumu19:20210825174518j:plain

先日、@hrjn さんのこのようなFacebook投稿を見ました。(「もっと見る」から全文読めます)

この前半部分は起業したい人の話ですけど、社会人博士の入学を検討している人にも同じ話だなあと思って読みました。社会人博士の入学について相談を受けることがたまにありまして、研究時間が確保できるなら入学すればいいんじゃないかなと思っています。自分が研究時間を確保できるのかどうかというのはなかなか客観的に判断しにくいかもしれませんが、この話は具体的なのでイメージしやすいのかなと思いました。

人間は何かきっかけがないとなかなか変われないものなので、大学院入学を生活を変えるきっかけにするというのはそれはそれでよいと思います。ただ、入学したからといって、1日が36時間に増えるわけではないので、研究時間を確保するためには何かをやめないといけないというのは意識しておくのがよいでしょう。

大学院に入学するだけでもリスク(時間やお金が無駄になる可能性)があるので、入学せずともできることをしばらくやってみて、ベンチマークしてみると良いと思います。分野依存はあると思いますが、論文読んだり調べたり、プロトタイプを作ったり、オープンデータを解析したり、解析用プログラムを書いてみたり、いろいろできることはあると思います。これも先ほどの起業の話と共通ですね。

どのくらいの時間が必要?

社会人博士入学後、具体的にどれくらいの時間が必要かというのは、 @mamoruk さんの 博士号取るのはかなり長期戦 - 武蔵野日記 に書いてます

博士号が取りたいと考えている人、どういう形で受け入れるのがいいのか、ということが少しずつ分かってきた。経験不足・力不足で申し訳ない。

結局どれくらい時間を確保できるかという問題に帰着するのだが、ざっくり言うと300-500時間で国際会議の論文1本、そこからさらに100-200時間で論文誌、みたいな感じなので、博士後期課程に入る前の研究で博士論文に組み込むことができる業績がある(論文誌掲載済み)なら最短500時間くらいでいいのだが、そうではない場合は短くても1000時間(論文誌2本分に相当)、標準的には1500時間必要であり、課程博士の人や社会人博士の人でも仕事で論文の読み書き(書けなくてもせめて論文読み)のできる人は良いのだが、そうでない場合は毎週末土日で5時間ずつ10時間もしくは平日毎日2時間ずつ5日間確保して10時間でも2-3年かかるので、かなり根気がないと難しい。しかもこの時代は時間をかけると陳腐化してしまう研究ネタも多く、論文を書くなら短期決戦で取ったほうがいい時代なので、難しさに拍車をかけている。(ちなみに本学の博士後期課程では論文博士以外は学生の期間に指導教員との共著の論文が最低1本必要)

退職D進?

働きながら研究する時間がなければ、退職D進という道もあるっちゃあります。

f:id:yumu19:20210828122613p:plain f:id:yumu19:20210828122628p:plain

昨年、情報科学若手の会で話したスライドです(私の所属などは昨年の古い情報です)

ツイッターは呼吸、ブログは深呼吸

f:id:yumu19:20210715184646j:plain

これからブログを週に1回ぐらい書いていきたいと思います。書きたいことはだいたいすぐにTwitterに書いてますが、Twitterに書かないようにしてることもいろいろあります。感情を増幅させるようなニュースなどですね。最近だとCOVID-19と東京オリンピック関連のネガティブなニュースはTwitterでは触れないことにしています。強く書きたいと思うことがある時はブログに書くようにしていますが、強く書きたいと思うことはなかなかないので、思っているけど外に吐き出せていないことが頭の中にずっと残ったままで、脳のリソースを無駄に占められている感じがします。なので、ブログを定期的に書いて吐き出していこうかなと思いました。

小町 id:mamoruk さんの 武蔵野日記 に少し近いのかもしれないなと思いつつ、さすがに毎日分は書けないので、週刊で。時間決めた方が良いと思うので、土曜の午前中に書くことにしようかなと思います。すぐ終わりそうな気もしますが。

デルタ株と東京オリンピック

Sars-CoV-2のデルタ株の感染力が強いというのが先日からニュースになっていますが、これ春先から言われてたはずなのになぜいまごろ騒ぎ出してるのかちょっとよくわからなくて、最近気になってます。デルタ株による感染拡大の時期が東京オリンピックの準備・開催時期と重なっていたため、ニュースのリソースが東京オリンピックに割かれていたというのがあるのかなという気がしています。運営のゴタゴタもいっぱいあったのでなおさら。感染症対策において東京オリンピック開催で問題になると想定していたのが、関係者による感染拡大、医療リソースの圧迫、国・自治体のリソースが圧迫あたりでしたが、報道の時間と人々の意識がそっちに割かれて、他のニュースが入ってこない問題もあるのだなと改めて分かりました。

少し前まではワクチンが打ち終わったら感染症対策が完了という希望が見えていましたが、いまはワクチンが打ち終わってもどうなるか分からず、先のことが見通せない状況になってるのかなと思います。その不安から世論的に負の感情が高まっているような気がします。東京オリンピックが終わって怒りの矛先が無くなったということもあるかもしれません。そもそも、ワクチン打ち終わったらどうするかという出口戦略が元々なかったようにも見えます。非常時には走りながら考えることも大事なのでそれ自体は仕方ないのですが、走りながら走ってるだけだとゴールにたどり着けないので。こういう時こそ、感染症の専門家の意見を取り入れて計画を立てて欲しいなあと思います。