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はてなブログに引っ越しました / 石川県に引っ越しました

2019年に読んだ本

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2019年は5冊読んだようです。少ない!!これ以外に同人誌(ブクログに登録できない)が数冊あります。 飛行機移動は結構多かったのですが、慢性的な睡眠不足のせいか、寝てる時間が多かったです。

今年はインプット増やしたいので、50冊読みたいと思います!

働きながら9年かけて博士号を取得しました

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本エントリは 社会人学生 Advent Calendar 2019 - Adventar20日目の記事です。だいぶ過ぎてしまいましたが。

2019年9月に北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)より博士(情報科学)が授与されました。2010年10月に入学したので、9年かけての取得になりました。在学6年間、休学1年間、単位取得退学後2年間という、JAISTの制度上*1の年数をすべて上限まで使い切りました。この博士取得の過程を振り返ってみようと思います。なお、入学時は東京で働いていましたが、途中から石川に引っ越してます。長いので目次作りました。

博士号取得を目指した理由

そもそもなぜ博士号を取ろうと思ったのか。入学時に なぜ社会人博士に行こうと思ったのか - yumulog にも書いてますが、ざっくり言うと以下の3つです。

  • 情報科学を体系的に学ぶ
  • 人脈を広げる
  • 今後のキャリアにおいて選択肢を広げる

情報科学を体系的に学ぶ: 大学院に入学したのは新卒入社後3年目の夏でした。修士まで異なる分野(地球惑星科学)を専攻し、就職して情報系・ネットワーク分野の企業研究所(東芝 研究開発センター)に入ったので、就職してほぼゼロから新しい分野に飛び込んだことになります。情報科学の知識は、研修の一環としてCCNA、教科書(TCP/IP Illustrated vol.1とパタヘネ)輪読、組込みプログラミング、ハードウェア(Verilog HDL)プログラミングなどを業務中に学び(今思うと大変充実してますね)あとは独学でプログラミングを書いてました。そのため、断片的にしか学ぶ機会がなく、体系的に情報科学を学びたいという気持ちがありました。

人脈を広げる: 上述のとおり他分野から就職したため、修士までに構築した情報系の人脈が皆無なので、社会人学生をやることで社外での人脈を広げられるかなという目論見がありました。

今後のキャリアにおいて選択肢を広げる: 当時、企業研究所に2年強勤めていて感じていたことが、研究対象がその企業の事業に関わることに絞られるということです。営利企業なので当然ではあるのですが。組織の都合に縛られずに研究をするには企業ではなくアカデミアの方がやりやすいなと感じていたので、当時はその先のキャリアはまだ全然考えてませんでしたが、その後の選択肢を広げるために博士号を取りたいというのも理由の1つでした。

というのと、もう一つ即物的な狙いもありました。当時、研究所にいたのですが、正確には「入社3年目まで研究所で4年目から事業部」という枠で採用されてました。当時の東芝には、新卒採用の時点で異動が決まってるこのような枠があったのです。それで、当時入社3年目で、できることならまだ研究所にいたかったので、博士課程に入学することで異動がなくならないかなーという下心です。当然それだけで覆ることは無いのですが、大企業での異動なんていつどこで誰が巻き込まれるかわからない運ゲーなので、発生したときに1%でも確率を上げておきたいということです。結局関係なく予定通り4年目に事業部に異動になったのですが。

企業研究所に勤めていたため周囲でも社会人博士がそれほど珍しくなかったので、清水の舞台から飛び降りる大きな決断をしたというよりは、選択肢の一つを選んだという感覚でした。環境大事ですね。また、その前年に、会社をやめて大学院に行くことを本気で検討していた ので、それに比べるとだいぶリーズナブルな選択に感じたということもあると思います。

ふりかえり

入学まで

入学を決意したのが2010年5月で、そこから大学院を調べ始めました。当時仕事で携わっていたホームネットワークを専門的に研究している数少ない研究室のひとつあることと、JAISTが長期履修制度(留年しても学費は標準年限(博士は3年)分でよい)や夜間・土日の講義開催など社会人学生の受け入れに積極的であったこと、5月に検討し始めた時点で最速でその年の9月に入学可能であった(他大はたいてい翌年4月入学だった)ことなどから、仕事でも間接的に関わりのあったJAIST丹研究室に入学することに決めました。

入試は、英語とプレゼンです。英語は、出願時にTOEICの点数を提出するだけでした。たまたま社内でTOEIC受験していて点数も悪くなかった(630くらいだった気がする)のですぐ提出できましたが、それがなかったら出願間に合わなかったと思うので、つくづく巡り合わせが良かったのだなあと思います。プレゼンは修士の研究内容と博士での研究計画を話すのですが、研究計画がほとんど無くてふわっとしたことしか話せず、その分修士の研究内容をガッツリ話しました。修士の研究は宇宙プラズマ中の電子加速の話なので博士研究とは全然関係ないのですが、研究を進める能力がありそうということを示すために結構詳しく話しました。そんな感じで、無事合格しました。

1年目前半: 2010/10〜2011/03

博士課程では、それほど多くはないのですが10単位分の授業があり、大抵1年目の間に取ってしまいます。さて、まずは単位を取るぞー!と意気込むものの、授業が夏学期(4〜9月)に集中しているため、入学直後の冬学期の間は授業はほとんどなし。何してたかあまり記憶がないのですが、たぶん何もしてなかったのだと思います。先生との打ち合わせは2回ほど東京で実施したような気がします。ここで、東芝の研究所の在籍期間が終わります。

1年目後半: 2011/04〜09

この半年間で本格的に授業をとって単位を揃えました。4月で事業部への異動があり、それに伴い川崎から青梅に引っ越しました。授業は、品川にある東京サテライトオフィスにて行われるため、青梅から品川まで頻繁に通ってました。

授業はレポートで評価されます。レポートの量には授業によってかなりバラツキがあります。一番記憶に残っているのが 青木先生 の形式手法の授業で、UbuntuにSPINの環境を構築して毎週レポート問題を説いてました。形式手法以前に論理学を学ぶのが初めてだったので、図書館で論理学の本を借りて勉強するところからはじめました。そこそこボリュームもあり一番大変な授業でしたが、大学院の授業を受けていることが実感できて面白かったです。

また、所属研究室では毎年8月に夏ゼミ合宿(石川近郊の温泉宿で2日間で研究室メンバー全員が進捗を話す)をやっているので、これにあわせて石川のJAIST本校に初訪問しました。

JAISTの博士課程は、1年目終了時に博士研究計画(プロポーザル)というものを書いて提出することになっています。これを把握しておらず、研究室のMLに流れてきて知ったときにはすでに締切1週間前くらいで、指導教員とメールを往復しまくってなんとか練り上げて書き上げて提出しました。内容は「物理と情報を組み合わせてうまくやる」的なわりとふわっとしたことを書いていたのですが、博士論文を書き終わった今あらためて振り返ってみると、研究がいろんな方向に行った結果最終的にこのプロポーザルに戻ってきた感があって面白いです。

ちなみに、この半年の間に転職活動も並行して行っていたので、仕事と授業と転職活動を3つ同時にこなしてました。これはなかなか大変でした。そして、転職に伴って9月に青梅から武蔵小山(品川区)に引っ越しました。結局青梅に住んでいたのは半年間だけなのに、なんで川崎や武蔵小山に住んでいた時期でなく一番通うのが大変な青梅から授業を受けに行っていたんだろう。。。

2年目: 2011/10〜2012/09

東芝をやめてKoozytという会社に転職しました。ソニーCSLからスピンアウトした会社で、ARとWiFi屋内測位(PlaceEngine)の技術を使ってスマホアプリ等のサービスをつくっていました。WiFi屋内測位とからめた研究をできないかなと画策し、屋内測位系の論文を少し読んでましたが、やったことはその程度で実際の研究はほとんど進んでません。ただ、この時期に遊びでつくっていた、シリコンキーボードを使って寝返りを取得するというネタは、後々研究としてまとめて、博士論文にも掲載されます。

3年目: 2012/10〜2013/09

仕事が忙しくて研究は全く進んでません。ヒー。2013年7月でKoozytの正社員を辞めて、8月からはフリーランス(個人事業主)として引き続きKoozytで働いてました。

4年目: 2013/10〜2014/09

引き続きフリーランスで、2013年10月でKoozytの仕事も辞め、12月からは明治大 先端メディアサイエンス学科(FMS)の 中村研 で非常勤で働いてました。FMSでは研究のためのソフトウェア実装などをしていて、博士研究には直接関係ないのですが共著の論文が国際会議に出たりしました。

フリーランスになったことで、研究時間を確保してここまで全然進んでいなかった研究を立て直したいという思いがあり、毎週開催されているゼミ(東京から遠隔参加可能)にも、ここまでほとんど出席できていなかったのですが、なるべく出席するようにしました。研究テーマも、プロポーザルのふわっとしたものから先に進めるために、研究室の主流であるスマートハウス関連で研究テーマを練ってました。ちょうどこの当時に発表されたばかりの暦本 id:rkmt さん (Koozytの創設者・取締役でもあります) の Squama に触発され、住宅をプログラマブルに扱うというネタを立案しました。このネタは結局中途半端なところで止まっていて、博士論文に載ることはおろか世に出ていないのですが。

この頃、自宅のスマートハウス化について発表し合う「おうちハック発表会」というイベントも始めました。これは、単に情報交換の場として面白そうと思って始めたのですが、自分の意識をスマートハウス関連の研究に向けるためでもありました。

また、これももともと研究になることは想定せずにつくったのですが、キーボードのプロジェクションマッピングと、hueを使ってプレゼンのリアクションを表示するもの(後のPICALA)を作りました。PICALAの方はログとアンケートあれば研究になるかもという思いはあったので念の為データ取ってましたが。いずれも国内研究会と国際会議で発表後、博士論文に掲載しています。

あと、会社を立ち上げたのもこの期間です。自分だけの一人会社です。

5年目: 2014/10〜2015/09

フリーランスになったこととFMSにいることで、以前よりはだいぶ研究のことが考えられる環境にはなったのですが、それでも限界があり、いろいろ考えた結果、タイムリミットがある博士課程を最優先にし、フリーランスは辞めて、立ち上げた会社も終わらせることにしました。そして、もっと研究のやりやすい環境を探し(東京での生活にちょっと飽きていたこともあって)石川に引っ越すことにしました。ちょうど公募が出ていたNICT北陸StarBEDセンターの技術員に応募して2015年1月に着任しました。ここは、JAISTのすぐそばにあり、私の指導教員も関わっているところなので、働きながら研究を進めるにはもってこいの職場です。職員にも社会人学生が多くいます。

この時点で対外的な業績が何も出ていなかったので、まずは研究を少しでも前に進めるために、いままでやってきたことの中から研究としてまとめられそうなものを半ば強引にまとめて外部発表することにしました。前述のSleepTyping(キーボードを寝返りセンサーにするやつ)とPICALA(カラーLED電球をプレゼンのリアクションに使うやつ)を指導教員との共著研究として国内研究会で発表しました。

また、JAISTには副テーマという制度があります。指導教員と進めるメインのテーマ以外に、指導教員以外の教員の指導の元で研究活動を行うというもので、これを通じて視野を広げるためのものだと思われます。これは修士も博士も必修で、社会人学生も例外ではありません。副テーマもこの時点で何も着手していなかったので、ゼロから始めるよりもすでに着手済のネタを進めるのが良いだろうと思いAugmented Typing(キーボードにプロジェクションマッピングするやつ)を副テーマとすることにしました。副テーマ指導教員は学外の先生にお願いすることも可能だったので、明大FMS(前職場)の中村先生にお願いすることにしました。(東京にいるうちにお願いしておけば打ち合わせとか楽だったのに。。。)

石川に移ってからは、ゼミにもなるべく参加するようにしたのと、研究室に座席ももらったので勤務後はなるべく研究室に行くようにしました。

6年目(休学): 2015/10〜2016/09

修了のリミットを延ばすために、1年間休学しました。といっても制度上のもので、実際の生活は特に変わってないのですが。スマートハウスの研究を進めたり、副テーマ研究を進めたり、PICALAをジャーナル論文に投稿したのですが2回落ちて諦めて査読付きの国内会議に出し直したりしました。

仕事では、2016年4月から役職が技術員から研究員に変わりました。技術員が任期付き職のため2016年3月で任期が切れて公募に出し直すのですが、このときに同じ職場から出ていた研究員の方の公募に応募しました。研究職は研究が業務となるので、博士号取得するための環境としてはやりやすくなります。加えて、研究員は博士相当のポストで、そこに博士号取得見込みで採用してもらったので、これはもう絶対取らないといけないという状況をつくって退路を断つという意味もありました。

7年目(在籍6年目・最終年度): 2016/10〜2017/09

この年が学生として在籍できる最後の年度でした。単位取得退学後に2年以内に博士論文を提出すれば審査してもらえるので、実質的にはもう少し猶予があるのですが、退学をするためにやることがいろいろあり、やや慌ただしくなりました。

まず、副テーマ研究は学位論文の骨子(後述)の提出前に完了している必要があるため、被験者実験を行って結果をまとめ、国内研究会で発表して副テーマ完了としました。発表が2017年6月だったので、ギリギリ。

そして、学位論文の骨子を退学前に提出する必要があります。学位論文の骨子とは、JAISTでは学位の取得の前に必ず提出しなければいけない書類で、「博士論文題目(タイトル)」「研究の目的と効果」「研究の概要」「論文の構成案」「研究業績」をテンプレートに従って4ページにまとめます。骨子については、提出した時のエントリにまとまっています。骨子をまとめるのはすごく大変だったのですが、バラバラだったテーマをなんとかうまく博士論文にまとめる目処がつき、博士論文の方向性が固まりました(骨子なので当たり前なのだが)。

最後は退学届を出すだけなのですが、研究科長などの承認(物理的な押印)のスタンプラリーが必要で、スケジュールがギリギリだったため心臓に悪かった。

仕事でBluetoothエミュレータの研究を始め、これを博士の研究にも含めることにしました。これまでは業務と博士研究を分けてやってましたが、リミットも近づいてきていて背に腹は変えられないので。

8年目(単位取得満期退学後1年目) : 2017/10〜2018/09

Bluetoothエミュレータの研究を国際会議に投稿して採録されて発表しました。そして、同じネタで評価実験を行いジャーナル論文の執筆を進めていたのですが、思ったよりもだいぶ時間がかかり、結局予定から半年くらい遅れて投稿しました。また、この間にBluetoothエミュレータを使った応用的なネタでUbiCompのデモに投稿し、採択されて発表しました。これらは全部仕事としてやってます。

9年目(単位取得満期退学後2年目) :2018/10〜2019/09

ここが正真正銘最終年度で、9月に修了するために以下のスケジュールで進行しました。

  • 03/08 博士論文執筆開始
  • 04/03 博士学位論文予備審査願 提出
  • 05/23 博士論文 一次提出 (予備審査用)
  • 06/06 博士学位予備審査
  • 07/05 学位申請書、博士論文 提出
  • 08/08 博士学位審査(公聴会
  • 09/05 学位授与決定通知
  • 09/24 公開用博士論文提出、学位記授与式

投稿中のジャーナルは一度落ちたのですが、修正して、投稿して、条件付き採録になりました(超ギリギリ)。また、これ以外に、国内研究会でしか発表していなかったネタ2本を国際会議に投稿して発表したりしました。

博士論文を執筆する時期は有給休暇を取ろうと思ってしばらくためていたのですが、大変運の悪いことに仕事が忙しくなってしまい休みを全く取ることができなくなってしまい、毎日大体0〜5時くらいに執筆や予備審査と公聴会の準備を進めてきました。博士論文の進捗(心の叫び)は #湯村博士論文 というハッシュタグをつけてツイートしてました。Togetterにまとめてますので、こちらをみると時系列や雰囲気が伝わるかなと思います(文章にまとめるのが面倒になった)。

本当にいろいろあったのですが、なんとか学位を取得するに至りました。博士論文はこちらで公開されます。博士論文に未公開成果が含まれるため、エントリ執筆時点で本文の公開を猶予しており要旨のみ公開されていますが、いずれ本文全文も掲載されます。

このエントリ書くにあたってスケジュールを確認するために当時のツイートやメールやカレンダーを見返していたのですが、この時期のことは思い出すだけで辛い。この時期になっても学位取れるかどうか本気でヤバくて、再入学してさらに延ばす可能性もわりと現実的にあり得たので、(精神の安定のために)再入学する場合のフローを教務に確認したりもしました。取得済み単位は流用可能で、博士論文のプロポーザルと骨子の提出は必要で、これらの提出時期が決まっているため、最短でも1年の在籍は必要なようです。当然入学金と授業料はかかるので、時間とお金さえあれば再チャレンジできるようです。

所感

本当に、うまくいかないことの連続でした。研究自体がうまく進まなかったということもあるのですが、どちらかというと、研究を進めるための体制づくりにものすごく手間取ってしまい、余計な回り道をかなりたくさんしてしまったせいで、時間を浪費してしまったなと思います。

ただでさえ仕事と研究の両立が大変なのに、転職したり独立したりすると一定期間はそちらに注力せざるを得ないので、研究以外の不確定要素は極力減らしたほうがよいです。自分でコントロールできないこともあるでしょうが。そして、当然ですが、余剰時間をきちんと確保できる仕事に従事しましょう。転職する場合はそれを念頭に置いて探しましょう。

そして、研究の軸となるテーマがずっと定まらなかったのも、大きな反省点です。1年目の終了時にプロポーザルを書いた時点で一旦定まったはずなのですが、あまりにふわっとしていたのでどこから手を付ければよいかわからずに進められずにいました。いま思い返すといくらでも進め方はあるように思うので経験不足なのと、その経験不足を指導教員なり研究室の先輩なりにもっと相談すればよかったかなと思います。

過程自体にも反省点がありますが、書き上げた博士論文にも、もっといいものが書けたんじゃないかという心残りがあります。博士論文では、通常、複数の研究成果を一つにまとめて執筆します。そのため、複数の研究を1つの大きなストーリーをまとめ上げることが要求されます。博士論文は既発表の論文をまとめただけのSandwich Thesisでよい(むしろストーリーをつくるのは業績にならないので時間の無駄)と考える人もいますが、私の指導教員含め周囲にはストーリーを重要視する考え方の人が多く、私もかなりの時間をかけてストーリーの議論と整理に取り組みました。大きな統一的なストーリーを考えるというのは貴重な経験で、今後の糧として役立てられそうです。そして、苦しんでまとめた結果、けっこう面白いまとめ方ができたなという感触もあります。その一方で、それをきちんと深堀りするに至らなかったのが、ものすごくもったいなく感じています。

総じて、達成感よりも、もっといろいろうまく進められたはずだったなあという不完全燃焼感が強く残っています。「博士論文はちょっともの足りないくらいがちょうどよい」という話も聞いたことがあるので、そういうものかなと思っておきます、今のところは。結局、博士論文を書いたことの価値はこれからの働き次第によって変わってくると思うので、審査員の先生方に「こいつに博士号を与えてよかった」と思ってもらえるような業績(学術成果に限らず)を残していきたいと思います。

冒頭で進学した理由を3つ挙げましたが、結局どうだったのかをあらためて振り返ってみます。

  • 情報科学を体系的に学ぶ: 雰囲気は掴めましたが、たった10単位の授業ではごく限られた範囲の知識しか身についていないので、今後も継続的な学習が必要ですね。
  • 人脈を広げる: 博士課程進学による直接的な人脈ではないですが、学生という身分があることで情報科学若手の会などの場にも顔を出しやすいというメリットはありました。いろんなところに勝手に顔をだしていたおかげで、入学時と今を比べれば十分すぎるほど広がりました。
  • 今後のキャリアにおいて選択肢を広げる: 今後のキャリアによるとは思いますが、選択肢としては広がったはずです。すでに現職がそうですし。

博士号とは何か

「博士論文には哲学が必要」という言葉を、いろんな場面で耳にします。「哲学」の部分が「ビジョン」「コンセプト」に置き換えられることもあります。博士号取得には、論文誌や国際会議での複数の発表成果が求められますが、その成果をつなぎ合わせるだけではダメで、それらの個々の研究成果がどのような哲学(ビジョン・コンセプト)のパーツになっているか語らなければいけない、ということです。 実は、この言葉に対してはこれまであまり賛同してませんでした。もちろん哲学を示すことができればそれは素晴らしいことですが、博士は専門性の証なのに、本当に哲学が必要なのだろうか?哲学が必要というのはPh.D(Doctor of Philosophy)という言葉の名残りを利用した言葉遊びなのでは?と。 しかし、先述の通りcyberの語源を調べたように、博士論文のストーリーをまとめあげていくという作業は「情報とは何か?」「物理とは何か?」「どこまでが人間か?」といった根源的な問いを丁寧に解きほぐし、さらに自分の論理体系に紡ぎ直すことであるように感じ、その紡ぎ直しこそが博士に必要な哲学なのではないかと感じました。 研究とは、いま人類が持っていない新しい知見を得ることです。研究は「巨人の肩の上に立つ」と喩えられるように、過去の知見の積み重ねの上に成り立っています。人類にとっての新しい知見を得るには、まず過去の知見を調査し、人類にとって何が既知で何が未知か把握する必要があります。この過去の知見の調査を掘り下げていくと、やがて哲学にたどり着くのではないでしょうか。
学位論文の骨子を提出した - yumulog

博士号は、「研究者のとしての免許証」「足の裏の米粒」*2など、いろいろなものに喩えられます。いろんな考えの人がいて、万人に当てはまるような統一的な定義はできないと思っています。やや哲学的ですが、自分なりの博士号の意味を見つけることこそが、博士課程を修了して博士号を取得する意味なのではと思いました。ちなみに、自分が博士号を一言で説明するとしたら、「あるテーマについて長い時間をかけて深く考えたことの証」というのがしっくりくるかなと思っています。

MITメディアラボ所長のJoi Itoさんが言っている「ナウイストになろう」という言葉があります。情報量と不確実性が多い現代社会において、事前に計画を立てるよりも走りながら方向を決めるほうがよい、という意味合いだと解釈してます。不確実な時代で少し先の未来に何のスキルが役立つのかわからない時代だからこそ、物事の本質を知るという根源的なスキルの価値は高まり、3年程の時間の投資先として博士号は悪くない選択かもしれません。

社会人博士を目指す人へ

以前は社会人博士に関する情報が少なかったのですが、私が進学を検討した9年前くらいと比べると今はブログなどでの情報発信はとても増えたと思います。今回のAdvent Calendarでも多くの方に執筆して頂いてさらに情報が増えたので、企画してよかったなと思います。ただ、これらの情報の多くは修了後の成功体験として書かれているため、一種の生存者バイアスがあるものとして読むのが良いです。特に博士課程は他の教育課程と比べて修了率が低いですし、(きちんとデータ見たわけではないですが感覚的には)社会人学生の場合はフルタイムの学生よりも修了率はさらに下がると思われます。私も、入学当初は(自分の研究をきちんと進められていないにもかかわらず)周囲の人に勧めることも多かったのですが、大変さを実感してからはあまり安易に勧めることは控えてます。このブログを見て社会人学生として進学しました/検討していますという人も少なからずいるので、書く内容も少し慎重になっています。

まず、大学院博士課程というのは、勉強するところではなく研究するところです(私も「体系的に勉強したい」というのが進学理由の一つだったのでブーメラン感あるのですが)。副次的に勉強できる(せざるを得ない)のはその通りですが、研究して成果を出すことが必要です。目的が勉強のみであれば、今はオンラインで授業を受けられる有償や無償のMOOCがたくさんあります。Coursera が有名ですが、日本でも 東大が様々な形式で授業を公開 していたりします。また、オンラインコースで学位(学士号、修士号)をとれるものもあります

それも踏まえた上でやっぱり社会人博士を検討したいという人には、戦略を持ってしたたかに準備を進めておくことを強く勧めます。研究にあてられそうな時間を見積もること、 修了要件をきちんと把握すること、サーベイ等のできることから始めること、あたりは検討時にしっかりやっておいたほうがよいです。加えて、ジャーナル、国際会議、研究会に出す論文を書くためにはそれぞれどのくらいの研究成果と研究時間が必要なのか把握しておくとよいでしょう。できれば入学前にそれぞれ執筆して感触をつかんでおけるとベストです。特に、査読付き論文では、論文投稿後に査読期間があります。これはどうがんばっても縮めることのできないものなので、必ず織り込んでスケジュールを立てましょう。とにかく時間がないので、フルタイムの学生以上に事前準備が重要です。この辺の話は、以前こちらのエントリでもまとめています。

自分のケースがあまりにも見切り発車すぎたのでだいぶ慎重なコメントになってますが、その一方で、あまり機が熟すのを待ちすぎるとタイミングを逸してしまったり、歳を取ることによるデメリットもあるので、若いうちに見切り発車で飛び出す決断力も重要です。できることはしたたかに準備つつ、決断するときは思い切って。

入学後のアドバイスもいろいろあるのですが、時間の確保が重要なのは言わずもがなとして、一番言いたいことは、研究の優先順位をなるべく上(できれば仕事と同程度)に持ってくることが重要であるということです。自分でコツコツと作業を進められればよいのですが、大抵はなかなかそう上手く進められず、日常的に研究の話題に触れていないとそれだけで研究のモチベーションがどんどん下がっていきます。フルタイムの学生だと周りを見て焦ったり対抗心を燃やしたりできますが、社会人学生だとそのようなモチベーションを回復する機会が著しく少ないです。研究室に通う曜日を決めたりゼミに出たりするのが一番良いのですが、研究室が遠方にある等の理由でそれが出来ない場合、近くで開催される関連分野の学会をみつけて参加するなど、自分以外の環境の力をうまく使ってモチベーションを保ちましょう。生活するために働いている以上、研究の優先順位を仕事よりも上に持ってくるのは難しいと思いますが、なるべく仕事と同じくらいまで持ってこれるように意識して、自分で上手く優先順位設計しましょう。

異動や転職を経て研究所に勤務できるチャンスがあるようであれば、積極的に検討しましょう。研究所では、社会人博士への理解が圧倒的に得やすいですし、業務内容が研究内容が違ったとしてもサーベイ結果などは活用できるかもしれません。周りの社会人博士を見渡すと、NTT系の研究所に在籍してる人が圧倒的に多いです。研究所は通信キャリアや大手メーカーなどのJTBC*3に多いですが、最近はヤフーやZOZOテクノロジーズなどのいわゆるWeb系の会社も研究所を持ち社会人学生を支援するケースが少しずつ見られるようになっています。

学振やRAなどで給与が見込める場合、フルタイムでの博士進学も選択肢として一度検討しましょう。金額面ではだいぶ下がると思いますが、研究してお金をもらうことができるので、研究に充てられる時間が圧倒的に増えます。社会人学生とフルタイム学生のメリット・デメリットの比較は以前こちらの記事にも書きました。

これからのこと

いままでと変わらず、引き続きNICTの研究員です。通常は博士を取ってからアカポスに移るのですが、自分は博士を取る前に(というか博士を取るために)アカポスに移ったという稀なケースです。なお、有期研究員のポジションのため任期付きで、現在の任期は残り1年3ヶ月(〜2021年3月)です。それ以外のことは現時点では何も決まっていません。

これからのキャリアについてはかなりあれこれ考えて悩んでます。20代後半なら「博士論文でまとめたビジョンを土台にしてバリバリ成果上げよう」「海外の有名研究室で武者修行してレベルアップしよう」「新しい分野を開拓しよう」と選択肢が広がるのですが、もう36歳なので、このままアカデミックパスを進むのであればあまり悠長なことを言っていられないなあという焦りもあります。同世代で講師や准教授となって研究室を主宰している人も増えてきましたし、いつかは下の世代を育てることにシフトしたいと思っているのですが、そのタイミングが早いほうがいいのかもう少し待ったほうがいいのか。年齢を気にしすぎても仕方ないのかもしれませんが、これは社会人学生で博士を取ってアカデミアに移ること特有の悩みかなと。いろんな方にぜひ相談に乗ってもらえればと思います。

参考

自分で書いたエントリと、他の方が書いた社会人博士に関するblog等の記事をこちらにまとめています。

なお、このエントリのタイトルは id:takmin さんの 働きながら7年間かけて博士号を取得しました のオマージュです。

働きながらでも博士号はとれる

働きながらでも博士号はとれる

  • 作者:都丸 孝之
  • 出版社/メーカー: 研究社
  • 発売日: 2015/02/20
  • メディア: Kindle

*1:私の入学時点での制度で、今は違うはず。

*2:取らないと気持ち悪いが、取っても食えない

*3:Japanese Traditional Big Company

2019年の振り返りと2020年に向けて

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あけましておめでとうございます!今年もどうぞよろしくお願いいたします。

昨年は、博士論文を提出して9月に博士号を授与されたことが一番大きいんですが、それは別のブログエントリとして書いているので(本当は公開済のはずだったのですが間に合わなかったのでこの連休に書いて公開します!)、それ以外のことについてまとめました。なんか成果報告みたいになりましたが、とにかくすごく忙しかった気がします。。。

研究

研究員なので、研究のお仕事をしています。(研究員なのに研究できる時間がだいぶ減っているのですが・・・)

名大 廣井先生らとの共同研究として「ARIA: シミュレーション・エミュレーション連携基盤を利用したインタラクティブな都市型水害の被害予測システム」をDICOMOとUbiCompでデモ発表した他、Interop Tokyo、NICTオープンハウス、Digital Thailand Big Bang、G空間EXPOで展示を行いました。

しかし、一昨年末に投稿してたジャーナルは条件付採録を頂いたので頑張って修正したのですが不採録になりました。ぴえん🥺

IEEE IGARSSに主著1本、共著2本出して発表したのと、IEEE ICHMSに主著1本投稿中です。昨年はPerCom行けなかったのですが、UbiCompとCHIに行けたのでまあヨシ。

それから、研究成果をアカデミックじゃない場所で発表することを個人的なテーマに勝手に掲げていて、FOSS4G Hokkaidoで前述のARIAについて発表したのと、Builderscon Tokyoで「20年後のソフトウェアテストの話をしよう」という話をしました。Buildersconでは会場が満員になるほどの方に聞いて聞いていただき、後日記事にもしていただきました。

また、仕事じゃない研究もあり、グラスゴーで開催されたCHI2019の併催シンポジウムのAsian CHI Symposiumで2件の発表を行い、Augmented TypingでBest Demo Awards受賞しました。JAISTでの副テーマとして明治大学FMS 中村 聡史先生と実施した研究でした。

仕事

研究以外の仕事で大きなものとして、NICT SpaceHackというNICT宇宙データを使ったハッカソンを2月に開催しました。企画立ち上げから全部ボトムアップでやり、部署横断でやるという、NICTではあまりないプロジェクトで、いろいろと勉強になりました。当日の様子は宙畑さんに取材していただき、記事にまとめていただきました。本当にありがとうございます!

そして、SpaceHackの開催報告をJpGU(日本地球惑星科学連合大会)でポスター発表しました。12年ぶりのJpGU参加!

そしてそして、ハッカソンを開催したという実績から、オープンサイエンス関連の活動にもやや強引につなぎ、JOSSで伴野さん、渡邊 恵太さん、加藤さんと「非アカデミア駆動型研究の潮流と可能性」セッションを開催しました。

JOSSきっかけでサイエンスリポートに堀井さんとのインタビュー記事も掲載して頂きました。

学会仕事

昨年度に引き続き、情報処理学会 会誌編集委員をやっています。昨年の大きな働きとしては、技術書典7に出展しました。学会誌としてたぶん初めて。次回技術書典8も2日目の3/1(日)に出展します!!

今年度から、情報処理学会MBL(モバイルコンピューティングとパーベイシブシステム)研究会の委員も務めており、その絡みで、DICOMO2020のプログラム委員とMBL主催の国際会議ICMU2020のDemo & Poster Chairも務めてます。PUWM勉強会というオンライン勉強会も(以前あったものを名称変えただけですが)立ち上げました。

若手研究者らしく、この辺の仕事もだいぶ増えてきました。いままでお世話になっていた分をしっかり返したいなと思います。

その他活動

SpaceApps Sapporo

SpaceAppsはここ数年は直接運営に関わってなくて全国の会場を見て回るだけでしたが、昨年はSpaceApps Sapporoの立ち上げとファシリテータをやりました。NoMaps内のイベントとして開催できて、とても良かったです。

NT札幌

昨年初開催でしたが、出展者が約30組とちょうどよく、来場者も多く、NHKさんに取材もしていただいて番組として放送していただき、いろいろな面でうまくできたかなと思います。今年もやるぞ!

その他

ここ数年間博士論文を最優先にしてきたので、その反動で上記イベント開催に加えてインド・グルガオンに行ったりMaker Faire Shenzhenに行ったりと3ヶ月にいろいろ詰め込んだので、その結果、余計忙しくなった(自業自得)。今年も早速 Maker Faire BangkokSendai Micro Maker Faire、Tsukuba Mini Maker Faireに行きます〜。

これからのこと(長期的な話)

よく聞かれるのですが、博士を取った後のことは博士を取ってから考えることにしてたので、博士を取ったいま絶賛考え中です。現在も引き続きNICTの研究員として勤めており、この後のことは何も決まってないのですが、客観的事実として、現ポストの任期は2021年3月までです。

今後もユビキタスコンピューティングに軸足を置いて研究を進めていくつもりではいるのですが、博士から分野を変えたので業績の積み重ねが乏しい上にビッグラボ出身でも在籍でもないので、王道で戦っていくのは結構厳しいと考えていて、無駄にいろんなものに手を出してきたバックグラウンドを生かせるような「ユビキタスコンピューティングとリモートセンシングの合わせ技的な研究」「ユビキタスコンピューティングをベースとした計算社会科学」あたりを進めていければと漠然と考えてます。具体的にはまだ何もないのですが。

あとは、研究のメタ的なところ(論文、査読、オープンサイエンス等)にすごく興味があり、いままでやってきた活動も鑑みるとオープンサイエンス関連を研究としてやっていきたいという気持ちもあります。ただ、当面はそれ専業になるつもりはあまりなくて、専門分野におけるシチズンサイエンスの実例をつくりながらライフワークとして細く長くやっていきたいという気持ちです。

2020年

これからのことが上述の通り決まってないので、今年はまずはこれからのことを考えるところからかな。あれこれ考えて決断する年になりそうです。無理に急いで決めなくてもいいのかもしれないけど、とりあえず任期が切れるので次の職は探さねば。できれば札幌で働きたいのですが、どこかにポストできないかな。

いろいろと新しいこともやりたいのだけれど、いろいろ手を出してると時間がなくなってしまうので、まずは手を出さずにグッと堪えて本当に自分がやりたいことをやる時間を確保できればと思っています。

30代後半ということで、年々体力回復に必要な睡眠時間が増え、活動できる時間がどんどん減ってきました。これが加齢か。。。体力の衰えは、運動することで多少カバーできるかもしれないのでちゃんとやります。夕方になると毛様体筋が疲れてディスプレイが見づらくなるの(いわゆる老眼)は、もうどうしようもないかな。。。

技術書典7で情報処理学会として出展し学会誌とTシャツを頒布しました #技術書典

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技術書典7で情報処理学会としてブースを出展し学会誌とTシャツを頒布しました。

技術書典に出展することになった経緯

そもそもの大前提として、私は、昨年度から、情報処理学会誌『情報処理』の編集委員を務めています。学会誌というのは、学会員宛に毎月届き、破きにくいビニールに入ってる冊子です。↓こういうやつです。ジャーナルが掲載される論文誌ではありません。

編集委員になって約1年半経ったのですが、いままでの活動を通じてわかったのは、学会誌はかなり労力をかけてつくっていて、実際に面白い記事も多いということです。しかし、会員が実際に目を通す機会はおそらくそんなに多くないでしょうし(僕も編集委員になるまでは毎号熱心に読んでるわけではありませんでした)、そもそも会員全員が読んだとしても、情報処理学会員にしか届かないわけです。

特にそう強く思ったきっかけが、今年5月の特集で、私も編集に携わった「フレッシュマンに向けたプログラミングのススメ」でした。これは

平鍋 健児さん、油井 誠 @myui さん、柿本 正憲さん、榊 剛史 @tksakakiさん、渋川 よしき @shibu_jp さん、松本 亮介 @matsumotory さん、増井 雄一郎  @masuidrive さん、及川 卓也 @takoratta さん、原田 隆宏さん、田中 章愛 @akichika さん

という執筆陣からも想像つくであろう通り、ソフトウェアエンジニアにとって非常に面白い記事が揃ってました。このような面白い記事がたくさんある学会誌を世間に広めないともったいないと思い、学会の中だけではなく世間一般にもっと読んでもらうための施策として、技術書典に出展することを発案しました。ちなみにこのフレッシュマン特集は、今回の頒布ラインナップのひとつにもなっています。

私は学会誌を技術書典を頒布することしか考えてなかったのですが、グッズの頒布を太田智美 @tb_bot さんが発案し、山本ユウカ @ymmox さんのデザインであの「この分野は素人なのですが」Tシャツが出来上がりました。書籍の手配や配送など出展に関する多くの作業は情報処理学会の会誌編集担当の事務局が担当していただき、出展の準備は他にも有志の編集委員も協力してくれました。

稲見 @drinami 編集長も「情報処理学会の薄い本」ということをたまに言っているのですが、学会誌は同人誌を作ることに近い面があると思います。編集委員は大学や企業に勤める人たちが集まった有志で結成され(学術界の委員というのは大体そういう形になってます)、商業的な売上よりも、いかに面白い内容を作り上げるか考えてます(そもそも学会誌は売上より会員数を伸ばすことがKPIですし)。

出展してみて

Tシャツのおかげで強いインパクトを残すことができたかなと思います。Tシャツのツイートが、技術書典関連で最もRT/いいねされたツイートだったと思います(ざっくり調べた限り)。

学会誌も、(正確な数はまだきちんと整理していないのですが概算を見る限り)1サークルとして見れば売れたほうなのではないかと思います。ただ、個人的に想定してたよりは売上少なかったなというのが正直なところです(完全に個人の見解です)。すぐに思い当たる改善点はいろいろあって、例えば、見本誌は置いておいたのですが、その隣にひと目で内容がわかるようなPOPやビラがあると手にとってもらいやすかったかなと。特にフレッシュマン特集の方は、表紙が硬くみえるのでw 学会誌は膨大なバックナンバーがあることが武器なので、過去記事から特選集をつくったりするなど、学会誌ならではの技術書典の出展の仕方があるのではないかという気もしました。

ちなみに

技術書典7の感想

技術書典は、一昨年の技術書典2でおうちハック同人誌を頒布したのですが、その時には現地にはいけなかったので、今回が初めて参加する技術書典でした。初参加の感想は、めちゃくちゃ面白かったです。コンテンツがありふれて書籍が売れなくなってきたこの時代に、有志で書籍書いて、それを売って、飛ぶように売れるの、(良い意味で)意味がわからんw 毎月開催してたら売れないと思うので、まあ一種のお祭りなんでしょうが。コミケの同人誌文化を活用して出版のハードルが下がったことでこういうお祭りが可能になったのかなと。

本を見て回るのは純粋にすごく面白くて、いろいろ買いました。

おわりに

情報処理学会の話とは別に、個人的にも、自分で文章を書いて表紙作って印刷所に発注して頒布するというのをやりたいなあと思いました。いつかやるぞ。

それから、個人的に思い描いていることとして、今後の技術書典にいろんな学会の会誌がずらりと並ぶようになると面白いなと思っています。きっと他の学会誌でも似たような想いを抱いているのではないかと思うので。人工知能学会、VR学会、電子情報通信学会、ヒューマンインタフェース学会、芸術科学会等々の会誌担当の皆さん、どうですか?