佐倉統さん著の『科学とはなにか』を読んだ感想です。
科学とはなにか 新しい科学論、いま必要な三つの視点 (ブルーバックス)
- 作者:佐倉 統
- 発売日: 2020/12/17
- メディア: 新書
自己紹介
本を読んだ背景をお伝えするため、少し長めの自己紹介から始めます。湯村 翼 (@yumu19) といいます。国立研究開発法人情報通信研究機構で研究員をやっている情報科学の研究者です。科学技術コミュニケーションにも興味があり、今年度は北海道大学の科学技術コミュニケーター養成講座CoSTEPを受講しています。
市民科学にも興味があり、ニコニコ学会βの運営に携わったり、 NASAの宇宙データをつかったハッカソン NASA International Space Apps Challenge の日本開催のオーガナイザを何度か務めたりしています。また、メイカーズムーブメントと市民科学の関係にも興味があり、世界各地のMaker Faireに行ったり、ものづくり展示イベントNT札幌 を主催しました。この辺の話について議論するため、2019年の Japan Open Science Summit(JOSS) にて「非アカデミア駆動型研究の潮流と可能性」というセッションを開催しました。その様子はTogetterにてまとめています。
このような背景に加え、「科学とはなにか」とよく考えるようになったきっかけが2つありました。
現在は情報科学が専門ですが、修士課程までは理学部で地球惑星科学を専攻しており、宇宙プラズマ物理の研究をしていました。これは、よく「何の役に立つの?」と言われるような、バリバリの自然科学の分野です。一方、修士終了後に就職してからは、いわゆる工学寄りの分野に移りました。このような経緯から理学と工学の違いについて考える機会が多く、「科学とはなにか」と考えるようになりました。
また、現在の専門は情報科学ですが、日本語では情報”科学”と、「科学」という単語がついています。これを英語にしても、直訳だとInformation Science、一般的に使われているのはComputer Scienceと、「Science」が付きます。そして、情報科学と一言で言っても、幅広くさまざまな分野があります。アルゴリズムやコンピュータアーキテクチャといった分野は、数学と同様の形式科学という側面が強いです。一方、ユビキタスコンピューティングやヒューマンコンピュータインタラクションといった分野は、コンピュータを人間社会の中でどのように活用していくか模索する研究分野なので、社会科学としての側面も強いと私は思っています。情報科学の幅の広さから、科学の中にもいろんな分野があることを実感し、「科学とはなにか」というのを、かなりよく考えるようになりました。
このように以前から抱いていた疑問「科学とはなにか」がそのままタイトルにつけられた本書を読まない理由はなく、何の迷いもなく出版後に即読みました。
全体感想
前置きが長くなりましたが、ここから本の内容の感想です。
本書は、科学という概念がどのように生まれて定着してきたか、世界及び日本で科学がどのように扱われてきたかという科学の位置付けの変遷が書かれています。
書中でも書かれている通り、個別の事象にフォーカスするよりも、「科学」という概念を俯瞰的に捉えることができます。(私の不勉強もあるとは思いますが)知らないことも多く非常に勉強になりましたし、これから勉強を進めて知識を深めていく上での足がかりとして、とても良い本だと感じました。個別の事象にフォーカスしたわけではない内容とはいえ、多くの箇所で具体的なエピソードを交えて書かれています。これにより内容がわかりやすく、交えるエピソードもとても面白いもので、全体的に非常に読みやすい本でした。
本書では、現在の科学の概念と体系がどのようにかたちづくられてきたか書かれています。
現在は、科学研究には基礎的なものと応用的なものとがあり、さらに実用に供する技術があり、というふうに科学技術のイメージが分かれているが、デイヴィーの時代には必ずしもそうではなかった。というか、世のため人のために役立つことが根本的に良しとされる倫理観が根底にあり、それを追求することが、基礎や応用を問わず、知的生産に従事する者たちの指名だと考えられていたのである。
一九世紀に自然科学の哲学からの独立性が高まってくると、もはや「哲学者」という呼称では広すぎて、その時代の科学をおこなっている者たちの思考方法の独自性を表現できないという意見が強くなってくる。
20世紀に生まれ21世紀に科学を学んだ私からすると、いまの科学が持つイメージに反するような事象も多いのですが、ひとつひとつ歴史を辿って当時の人の気持ちになって考えるとそりゃそうだよなという気がしてきました。
読み終わった直後のツイートがこちら。
タイトルから原論っぽい印象を受けるが、社会(特に日本社会)における科学のあり方の変容みたいな感じの内容。知らないことがたくさんあった。 #科学とはなにか
— 湯村 翼 Tsubasa Yumura (@yumu19) December 29, 2020
読み終わった直後は原論っぽくないと思ったのですが、なぜ原論っぽくないと感じたかと言うと、タイトルから、「なにが科学であるか」という定義や、それを導出するための「なにが科学ではないか」と言う話を無意識に期待していたからでしょう。
Wikipediaの 科学 には、「(狭義)科学的方法に基づく学術的な知識、学問。」と書かれています。そしてWikipediaの 科学的方法 とには、科学的方法が何であるかが事細かに書かれています。きちんと理解しきれている自信はないのですが、このページはとても好きでたまに眺めています。
今思い返すと読む前はこういう話を期待していたのだと思いますが、歴史から辿るのも原論をつくる有力な方法のひとつであり、落ち着いて考えると、原論っぽくないことは全然ないと思います。
科学技術の飼いならし方と科学技術コミュニケーション
第5章、第6章では「科学技術の飼い慣らし方」と称し、科学との付き合い方が論じられています。ここはまさに全般的に科学技術コミュニケーションの話だなぁと感じました。 その中で登場する「二正面作戦」というものがあります。二正面作戦とは、「尊大な専門家主義と傲慢な反知性主義の、両方に戦いを挑む二正面作戦」というもので、原子力発電の反原発と専門家のエピソードから前置きされて導入されています。専門家、非専門家、当事者、市民をつなぐ話で、これはまさに科学技術コミュニケーションそのものの話だと思います。
昨今のCOVID-19の状況で、科学技術コミュニケーターの必要性というのはすごく分かりやすく実感できるようになったと思っています。
感染症の専門家に経済や政策のこと聞くなよー、と朝のワイドショー見ながら思った。広めの質問にワンストップで答えられる人材が必要なんだろうな。本来、こういうところが科学技術コミュニケータが必要な場面。
— 湯村 翼 Tsubasa Yumura (@yumu19) January 7, 2021
でも、そもそも、科学技術コミュニケーターという存在を知らない人にとっては、その必要性は浮かんでないかもしれません。そして、残念ながら世の中のほとんどの人が科学技術コミュニケーターを知らないでしょう。科学技術コミュニケーターだけが科学技術コミュニケーションを促進するわけではありませんが、その必要性が世の中に浸透し、少しずつ増えていくと良いなと思っています。
二面性作戦とメイカーズムーブメント
二面性作戦を進めるための施策として、市民科学と当事者研究の話が登場します。ここはまさに、冒頭の自己紹介で私が興味を持っていると書いた、メイカーズムーブメントと市民科学の関わりに合致するところです。
メイカーズムーブメントと特に相性のよい(と私が思っている)研究分野が、ヒューマンコンピュータインタラクション(HCI)です。HCIの研究というのは、すごく大まかにいうと、人間とコンピューターの関わりの研究です。HCI研究者の渡邊 恵太 (@100kw) さんは、「使い方研究」という呼び方を提唱しています。
科学も技術も「使い方」が大事。
— 渡邊 恵太 / Keita Watanabe (@100kw) June 5, 2017
そして、それを応用研究と呼ばず考えずに、
基礎研究としての「使い方」研究みたいなことが大事。
一方で、メイカーズムーブメントは、モチベーションは様々ですが、自分の作りたいものをつくる活動です。小林 茂(@kotobuki)さんは、これを指して「枯れた技術の水平思考」*1と言っています。
「枯れた技術の水平思考」はMakeを表す言葉としてまさに適切。Maker Faireに来ても最先端の技術はほとんどなく、それを知るには学会に出たり論文を読んだ方がいい。代わりにMaker Faireには技術の使われ方にすごく広がりがある。 #MFTokyo2018 https://t.co/t9vJi3Z6zM
— 湯村 翼 Tsubasa Yumura (@yumu19) August 5, 2018
HCI研究とメイカーズムーブメントの相性の良さは以前から注目しており、それゆえメイカーズムーブメントを市民科学的視点で捉えるということをここ数年やってきましたが、二面性作戦の市民科学・当事者研究の箇所の記述で我が意を得たように感じました。「科学技術の飼いならし方」というキーワードをヒントに、またもう少し掘り下げていきたいとおもいました。