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北海道の大学教員/情報科学研究者の日記

なぜカンニングしてはダメなのか?


連日のテレビのニュースをみていると、「カンニングは悪いこと」という前提で話が進められ、その理由を考えずに思考停止しているようにみえた。「なぜカンニングしてはダメなのか」という問いに対して、妥当な論拠を持って回答できる人はどのくらいいるのだろう。自分の思考を整理する意味でも、ここにまとめてみる。


きちんと考えるには、問がざっくりしすぎていていろんな解釈ができてしまうので、まず、問を明確にしなくてはいけない。
カンニングはダメ(悪いこと)の「ダメ(悪いこと)」には、

  • 「ルール違反だからペナルティを受けるべき」
  • 「(善悪の)悪である」


という解釈がある。さらにルールは、「入試のルール」と、「法律という日本国民のルール」があり、問いは以下の3つとなる。

  • ネットを使ったカンニングは入試のルール違反か否か
  • ネットを使ったカンニングは法律違反か否か
  • ネットを使ったカンニングは善か悪か

ネットを使ったカンニングは入試のルール違反か否か

  • ネットを使ったカンニングは入試のルール違反である


大学入試の問題は、通常、自身の脳内の記憶のみを使って解答することになっている。これがどのような表現で明文化されているかどうかは調べていないが、会場内や会場外の他人とコンタクトをとることや他人の解答を写すことは「不正行為」として禁止されていると想像する。


これが大学入試のルールとして妥当なものなのかどうかは別途議論が必要ではあるが、それはさておき、ルールがある以上、それを破ればルール違反である。カンニングは「試験のルール」を破ったということであり、試験のルールを破ったときのペナルティ(不合格や受験資格失効など?)が科される。

ネットを使ったカンニングは法律違反か否か

  • ネットを使ったカンニングは法律違反か否かは、もし起訴されればこれから裁判によって決められる


人がどこかの国に属している以上、その国の法律というルールがある。ネットを使ったカンニングという行為を通じて法律というルールを破ってしまったならば、法律を破ったときのペナルティが科される。


「たかがカンニングだから逮捕すべきではない」や「カンニングは大学の問題だから逮捕するのはおかしい」と考えるよりももっと単純に、法律を破ってるなら逮捕すべきだし、法律を破ってないなら逮捕するべきではない、と考えたほうがわかりやすい。


今回、カンニングした受験生は偽計業務妨害という容疑で逮捕された。逮捕に至ったということで検察はこの行為を違法とみなしているが、最終的に違法か否か決めるのは司法(裁判所)である。


ネットを使ったカンニングは善か悪か

  • 善悪の区別は簡単に語れるものではない


「ルールを守る」/「破る」ことと「善」/「悪」は違うものである。ルールは、破るとペナルティが科されるというものである。多くのルールは、人に迷惑をかけないための線引きとして定められているが、ルールを破ることが必ずしも悪とは限らない。


仮に誰かが迷惑を被っているとしたら、誰がどういう迷惑を被っているのだろうか。これを考えることが、この問に答えることではないだろうか。善悪の区別は簡単に語れるものではないので、この議論はサンデル先生に任せたい。(一番大事なところを端折っていて申し訳ないですが。)


その他に気になったこと

  • 大学の入学試験って、脳内に記憶した知識を問うだけで本当にいいのか?
  • 大学が警察に通報する必要があったか
  • カンニングに用いられたかもしれない技術に対する反応
  • aicezuki の発音

大学の入学試験って、脳内に記憶した知識を問うだけで本当にいいのか?

  • 個人的には良くないと思っている


問に対して既存の情報を使って解答する力があるのかないのかを見定めるのが入試であれば、その既存の情報は必ずしも脳内になくてもよいはずである。研究や社会において課題に面したとき、解決するための既存の情報はほとんどの場合に脳の外にある。


この問題提起こそが今回の騒動で最も影響を与えたところであるにもかかわらず、私の知る限り、報道ではこの点に全く触れられていない。非常に違和感を感じる。


ニュースにて「ノイローゼになるほど真面目に勉強している人もいるのに、カンニングは許せない」といった内容のコメントもあったが、ノイローゼになるほど勉強させる受験システムに対して疑問を持たないのだろうか。


大学が警察に通報する必要があったか

  • 違法であれば必要あったし、違法でないなら必要なかった


ただし、警察に通報することで解決が早くなる、という面があることは否定できない。他の受験生のことを考えて解決が最速となる手段を選んだのならば、それは評価すべきことかもしれない。


カンニングに用いられたかもしれない技術に対する反応

どうやってサイトに質問を投稿したかはまだ不明で、いずれ明らかになっていくと思うが、ニュースでは、ボールペンや眼鏡のフレームに小型カメラで撮影し無線通信で送られたかもしれないと言われていた。それに対し、コメンテータが言った言葉が


「こういうのがあるんですね〜。」


あるというのは、「商品としてある(売っている)」ということだ。技術的に実現可能かどうかではなく、あるかどうか
で判断されている。彼らの判断基準は、「商品としてある/ない」 = 「実現できる/できない」ということなのだ。


一方、俗に理系と呼ばれる人は、すべてスクラッチから作るのは無理だとしても、既存技術やパーツの組み合わせで実現可能かどうか判断するはず。


本題とは関係ないが、興味深かった。

aicezuki の発音

「アイ鈴木」と読める、とニュースで言われていたが、「アイス好き」と読むのが自然なんじゃないだろうか。音は同じだが、イントネーションとして。