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学位論文の骨子を提出した

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先週末に博士の学位論文の骨子を提出しました。

学位論文の骨子 is 何?

JAISTで、学位の取得の前に必ず提出しなければいけない書類で、「博士論文題目(タイトル)」「研究の目的と効果」「研究の概要」「論文の構成案」「研究業績」をテンプレートに従ってA4 4ページにまとめます。

骨子提出後は、予備審査出願、予備審査、論文執筆・提出、公聴会という流れで続きます。通常は修了予定月の8ヶ月前に骨子を提出するのですが、僕の場合は、再来月の9月に単位取得退学をする計画で、単位取得退学のためにはあらかじめ骨子を提出していなければいけないので、少し前倒して提出しました。なので、修了には8ヶ月よりももう少しかかりそうです。

f:id:yumu19:20170710215608p:plain 時期 | JAIST 北陸先端科学技術大学院大学

研究成果の概況

骨子を書くに当たり、博士論文の概形をつくらなくてはいけないのですが、これまでに取り組んできた研究と、いま取り組んでいる研究がものすごくバラバラなので、1つの博士論文としてのまとめるのがすごく大変でした。

石川に引っ越してきた2015年の年初の時点(D5)で、博士学生としての成果があがっていなかったので、それまでに取り組んでいた小ネタをまとめるという方針にし、2015〜16年で2つのネタを発表しました。

また、JAISTには副テーマという制度があります。研究室で取り組むメインの研究テーマとは別に指導教員以外の先生に指導してもらって違うテーマの研究に取り組むという制度で、 これは修了の要件にもなっています。視野を広げるという意味で素晴らしい制度だと思いますが、正直言ってただでさえ時間のない社会人学生にとって副テーマの負担はなかなか大きかったです。わがまま言うと、社会人学生は免除とかにして欲しかった。。。副テーマ指導教員は学外の先生にお願いすることも可能なので、僕は前職(明大FMS)でお世話になった中村先生にお願いし、Augmented Typingという研究に取り組みました。

また、未発表のため詳細は割愛しますが、いまは無線ネットワークエミュレーション系の研究にも取り組んでいます。

というように、本当にバラバラです。上記のテーマに取り組んでいるときには、とにかく1つのテーマについて書き上げることを優先したので「博士論文としてのストーリーをまとめるのは博士論文を書く時の自分がなんとかする!」と後回しにしてたのですが、まさにそのツケを払わされることになりました。

結局どうまとめたかというと、博士論文を二部構成にし、第一部をHCI系のネタ、第二部を無線ネットワーク系のネタでまとめ、さらに論文全体をHCI(Human-Computer Interaction)とCPS(Cyber-Physical System)を統合的に取り扱うという非常に大きなテーマでまとめることにしました。考えすぎて煮詰まってきたときには、壮大なテーマを提唱しているのかただのこじつけなのかだんだんわからなくなってましたw まとめるにあたって、いろんな人の博士論文(特に序論)を読み漁りました。これは非常に参考になり、読んでてとても面白かったです。

博士とは

骨子を書くために博士論文のストーリーをまとめていく過程で、博士に対するちょっと考えが変わったというエピソードを紹介します。

博士論文では、Cyber-Physical Systemという概念を扱うことになりました。ここで出てくる “cyber” という単語は、日本語では「情報空間」などと訳されたりしますが、もともとどういう意味なんだろうか?と思い、調べました。cyberの語源は “cybernetics” (サイバネティックス)という概念のようです。サイバネティックスは、Norbert Wienerという数学者が1948年に出版した本で提唱された概念で、「通信工学と制御工学を融合し、生理学、機械工学、システム工学を統一的に扱うことを意図して作られた学問」ということがわかりました。サイバネティックスは技術をまとめた本で、数式もたくさんでてきますが、思想や哲学が存分に盛り込まれていて、難解ながらも知的好奇心を刺激するような面白さがあります。

ウィーナー サイバネティックス――動物と機械における制御と通信 (岩波文庫)

ウィーナー サイバネティックス――動物と機械における制御と通信 (岩波文庫)

ところで、「博士論文には哲学が必要」という言葉を、いろんな場面で耳にします。「哲学」の部分が「ビジョン」「コンセプト」に置き換えられることもあります。博士号取得には、論文誌や国際会議での複数の発表成果が求められますが、その成果をつなぎ合わせるだけではダメで、それらの個々の研究成果がどのような哲学(ビジョン・コンセプト)のパーツになっているか語らなければいけない、ということです。

実は、この言葉に対してはこれまであまり賛同してませんでした。もちろん哲学を示すことができればそれは素晴らしいことですが、博士は専門性の証なのに、本当に哲学が必要なのだろうか?哲学が必要というのはPh.D(Doctor of Philosophy)という言葉の名残りを利用した言葉遊びなのでは?と。

しかし、先述の通りcyberの語源を調べたように*1、博士論文のストーリーをまとめあげていくという作業は「情報とは何か?」「物理とは何か?」「どこまでが人間か?」といった根源的な問いを丁寧に解きほぐし、さらに自分の論理体系に紡ぎ直すことであるように感じ、その紡ぎ直しこそが博士に必要な哲学なのではないかと感じました。

研究とは、いま人類が持っていない新しい知見を得ることです。研究は「巨人の肩の上に立つ」と喩えられるように、過去の知見の積み重ねの上に成り立っています。人類にとっての新しい知見を得るには、まず過去の知見を調査し、人類にとって何が既知で何が未知か把握する必要があります。この過去の知見の調査を掘り下げていくと、やがて哲学にたどり着くのではないでしょうか。

また、研究者で哲学や歴史に詳しい人が結構多く、効果的に引用しているプレゼンテーションを見てよく感心していました。これは単に職業柄哲学や歴史に興味がある人が多いのだろうと思ってましたが、そうではなく、博士課程やその後の研究活動において過去の知見を掘り下げた結果、哲学や歴史の知識を蓄えていったのではないか、と見るようにもなりました。

研究活動の楽しさが再認識できたので、引き続き修了に向けて研究に励みます。まだまだ前途多難なのですが、すごく遠くにほんの少しだけゴールが見えてきたのであとひと踏ん張り。

*1:この例は僕が無知だっただけかもしれませんが